愛の香りをあなたにも届けたい ミスティカの紹介


「どのようにしてユニオミスティが誕生したか」


ユニオミスティオイルは、ミスティカの人生の旅路の中で、ミスティカのセドナへの移住、そして、ミスティカの師であったカヴィーシャからの導きによって誕生しました。ミスティカは、カヴィーシャと共にあった時に、深い瞑想状態の中から、彼方からの処方箋を受けとり、エッセンシャルオイルの調合をしました。また、その時に、オイルの名前や、そのオイルが一連の旅になっていることも知りました。そこで誕生したオイルをカヴィーシャに見せたときに『このオイルが、私が生涯待ち望んでいたオイルよ』とカヴィーシャは言ったのです。

ミスティカは、幼い頃、ニュージーランドに生まれ育ちました。街からは遠く離れた島に暮らし、自然の中で、花、植物、精霊やイルカたちと交流し遊ぶ機会がありました。そして、幼いころから、自然界の中で、目にはみえない神秘があることを感じ取っていきました。また、双子であった、最愛の兄の死を通して、その人生での始めての痛手と衝撃から「生」や「死」に対して、深い疑問を抱き、それがのちに、ミスティカを人生の中の多くの疑問に答えるべくして、探求の旅にかりたてたのです。
二十歳のときに、ハワイに移り住んでから、インド、ネパール、ビルマ、日本、ヨーロッパを含め、エキゾチックな土地や世界中の聖地を旅し、瞑想、ヒーリング、ボディワーク、エネルギーワークの体験を深めていきました。ビルマでは、レイキのマスターとなり、世界中で伝授を行ってきました。そのミスティカが1990年代の半ば、アリゾナ州セドナを訪れてから、それまでのニューヨークでの生活から、セドナへの移住を決めました。それは、世界的にも有名なヒーラーであり、神秘家の和尚(OSHO)にも信頼され、多くの人に慕われてきたカヴィーシャとの出会いだったのです。
カヴィーシャは、セドナに瞑想やヒーリングの為のスクールを設立していました。そしてカヴィーシャは、人々のメリット(最もその人がその人らしくあることができる特徴)を花開かせることができる人であり、彼女自身が神秘家でした。ミスティカはそのカヴィーシャのもとで学び過ごしました。洞察と理解と愛の贈り物をミスティカは彼女から受けとったといいます。
しかし。その最愛の師がガンにおかされてしまったのです。ミスティカは、師に対し何ができるか自分に問いかけその時にできたことが、ただただ、師のそばにいて、やさしく触れること(のちのラヴィングタッチ)だったといいます。そして、そのような状況の時に、カヴィーシャはミスティカに「アロマの学校にいきなさい。」と言うのです。ミスティカは最初いぶかしがりました。「何でこんな時に…」「それにアロマオイルなら知っているし…」
しかし、最愛の師の言うこと。その通りにすると、そこであらためて植物や花に関しての理解や経験が深まりました。そのしばらく後で、瞑想のさなか、深い明晰さや直感が開かれた状態になり、オイルの処方箋が彼方から降りてきたとミスティカはいいます。そうしてできあがったオイルをカヴィーシャに見せにいったのです。
ここから、オイルとミスティカ自身の旅がスタートします。当初、このオイルは、カヴィーシャに捧げられ、敬意をはらわれ、カヴィーシャオイルと呼ばれました。オイルが出来上がると、世界中から問合せがあり、拡がっていきました。そして、ミスティカは、このオイルの誕生の神秘の中から、ミスティカ自身のオイルへの自覚を持って、オイルの名を、ミスティカオイルと呼びかえ、オイルは更に進化し、現在のユニミスティオイルとなりました。
このオイルの誕生とそのエッセンスはカヴィーシャの存在なしには語れません。「生きること」がアートであるという考え、生を喜びと情熱に満ちた生きるべき冒険、と見る見方は、カヴィーシャによって、分かち合われました。そして、そのハートの為のハートを開く神秘のオイルは今でも進化を続け、人々のこころを魅了し続けています。

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ミスティカインタビュー